東京競馬場には、心地よくも力強い風が吹いていた。
出走前の馬はジョッキーとともにパドック(下見所)を周回し、コースへと向かう。 大観衆の声援の先では、競走馬があっという間に数千メートルのコースを駆け抜けていった。
フォトグラファー三原充史氏は、競馬場で繰り広げられる勝負や、美しい景色に魅せられ、競馬とともにキャリアを歩んできた。
スポーツ雑誌への写真提供や写真展の開催を通じて、競馬の魅力を伝えている。2016年〜2017年にかけて行った写真展“HORSE RACING”では、馬とともにある日本の競馬場の景色を表現した。
三原氏は、ファインダー越しに何を捉え、伝えようとしているのか。これまでのキャリアや競馬撮影への想いをうかがった。
——三原さんは、いつ頃から競馬場に来ているのですか?
最初は小学生の頃ですね。父親がスポーツ観戦が好きで、テレビで競馬のレースを見たのがきっかけでした。お客さんがわーっと盛り上がっていて、すごく面白そうだと感じたんですよね。はじめは競馬のファミコンゲームを買ってもらったりして遊んでいたんですが、実際に競馬場に行ってみたいと思い、連れて行ってもらったんです。
——幼い頃から競馬に親しんできたんですね。競馬の魅力はどのようなところにあるのでしょうか。
一瞬一瞬にドラマがあることが魅力ですね。馬は時速60kmほど、つまり200mを11〜12秒くらいのスピードで駆け抜けます。ほんの一瞬に、勝敗を決める差が現れたり、馬の鼻の先2センチとか4センチとかの差で順位が決まることもあり、馬の首が上がっているか下がっているかで勝敗が分かれることもあります。
首が伸びて下がっている状態でゴールできるよう、ジョッキーが計算して乗ることもある。そのような馬とジョッキーとの関わりも魅力の一つです。スポーツ・文化としての競馬の魅力にハマり、競馬を撮影するようになりましたね。
——競馬の撮影は、いつ頃から始められたんですか?
競馬場で撮影をはじめたのは中学生の頃です。一人で競馬場に通うようになって、はじめはフィルムカメラで撮影を始めました。家に70〜300ミリの小さなズームレンズがあり、それを使ってみたのですが、全然うまく撮れなかったんです。「これは、どうやったらうまく撮れるんだ…」と思い、競馬場にいた大人に混ざり、上手く撮る方法を聞いたりしながら撮り続けましたね。
アルバイトができるようになってからはお金を貯めてレンズを買ってみたり、カメラを買い替えたりするようになりました。すると徐々に馬が走っている様子をしっかり撮影できるようになります。キヤノンのEOS 5を購入した時は、今まで秒間1コマしかシャッターを切れなかったところ、秒間5コマ切れるようになり、感動したのを覚えていますね。
——当時は、フィルムカメラでの撮影なんですね。
そうですね。フィルムカメラは撮れば撮るほど撮影・現像にお金がかかるので、大学時代は写真屋さんでアルバイトをして、少しでも写真代を抑えて、その分を撮影費に充てました。 写真屋さんで働く中では印刷についての勉強もでき、それを活かして大学卒業後は印刷会社に就職したんです。
——印刷会社でのご経験も、現在のお仕事に活きているのでしょうか。
活きていると思いますね。印刷することを前提に、見た人の目にどう映るかを意識しています。企業の名刺や封筒などの印刷が主な仕事だったため、決められた色を再現することが大切でした。そのため、色についての知識や印刷した際の色への意識が身についたんです。
例えば、写真展“HORSE RACING”に展示した作品の一つに、スタンドの窓ガラスの影が緑の芝生に落ちている写真があります。そこを馬が歩く姿を撮影したのですが、何もつけていない馬だと目立たないため、白い面(メンコ)をかぶった馬がくるのを待って撮影しました。どこに色を置くか、色のバランスはどうか等を気にしながら、撮影しているんです。
——色を意識する三原さんならではの作品づくりなんですね。撮影に関する技術や考え方はどのように学ばれましたか?
スポーツを主題とした撮影に関する技術や考え方は、スポーツ写真家・水谷章人氏主催の「水谷塾」にて学びました。
ただ単純に写真を撮るのではなく、撮った先のことまで考えて撮影するにはどうすべきかを学びましたね。雑誌などの紙面で複数の写真を組み合わせた時にどんな効果があるか。そして、その効果を最大限に発揮するにはどう構成すればよいかなども学びました。
水谷塾がきっかけで、撮影・写真に対するスタンスも大きく変わりました。それまでは、レースの様子や1着馬を確実に撮影することのみで満足をしていたのですが、ファインダー越しに自分が見ている世界を表現し、伝えるスタンスに変わったんです。そうすることで、より撮影を面白く感じるようになりましたね。撮影は、趣味の延長線上と考えていたところもあるのですが、「写真を通して伝えること」に使命感を持つようになったのは、塾で学びを得たからこそです。
——競馬を「伝える」ことに意識が向いていったのですね。キヤノンギャラリーで行われた写真展“HORSE RACING”は、どのようなきっかけで開催することになったのでしょうか。
水谷先生の写真展などでアートディレクションをされている本橋正義さんとお会いする機会があり、「僕の写真を見てください」と頼んだんです。同時に写真展をやってみたいことを伝えると「キヤノンギャラリーの審査に出してみるか」と言ってもらい、そこからアートディレクションをしていただき、開催が決まりました。修了して半年くらい経ったタイミングでした。
——作品作りのテーマや印象的な作品を教えてください。
テーマは「日本の競馬場で見られる景色」です。自分の中でのテーマタイトルは、景色の景に馬で「景馬(ケイバ)」。造語なんですけれども、馬のいる景色をより美しく表現したいという想いがあるんです。馬自身の美しさはもちろん、馬と人間の関わりの美しさであったり、建物も含めた競馬場の美しさを伝えたいと考えました。
印象的な作品は、ジョッキーとの握手の瞬間を捉えた写真ですね。これは僕がファンの方々に交じって撮った写真です。左手を逆手にして握手を求めにいって、右手でシャッターを切りました。その姿がジョッキーの笑顔を誘った気がします。ジョッキーとの1対1の関係を表現できたこの写真は、自分自身にとって大切な1枚です。
——来場された方からの反響はどうでしたか?
東京、名古屋、大阪、仙台と4カ所のキヤノンギャラリーを回らせていただいたんですが、来場者の方とはなるべくコミュニケーションをとらせていただきました。
「競馬場に行ったことはないけれど、写真を見て、行ってみたくなりました」とか「競馬ってこんなに綺麗なんですね」と声をいただき、開催した意味を感じられる良い機会になりましたね。
競馬というと、ギャンブルのイメージばかりが先行することもあります。しかし、ふらっと写真展に立ち寄った人にも、競馬の美しさでアプローチすることができたのではないかと思います。
普段競馬を撮っているアマチュアカメラマンの方からは「自分が撮っている景色を、また異なる視点で見ている人もいるんだと思い、新鮮だった」とか「こういう作品づくりをしてみたい」と声をもらい、嬉しかったですね。
——写真展に来場された方とのコミュニケーションを意識されたとのことですが、クライアントワークなど、普段のお仕事の中でも意識されているのでしょうか。
そうですね。人が好きなのもあり、クライアントや仕事の中で関わる人とのコミュニケーションは大切にしています。たとえば雑誌の仕事だと、そのレースを編集者の方がどんな目線で見ていたのかを考えます。編集者の目線に合わせ、ニーズに応えた動きができるかどうかは、普段からのコミュニケーション次第ですから。
——国内でのお仕事に加え、現在は海外競馬の撮影もされていますが、今後はどのようなことに挑戦したいと考えていますか?
まさに、世界の競馬場の景色をテーマにした写真展を開催したいと考えています。競馬はイギリスを発祥とし、さまざまな国で開催されていますが、国ごとに文化が異なるんです。
今年訪れたオーストラリアでは、有名な馬の引退レースが行われていました。場内装飾なども、その馬のために施され、一大イベントとになっていたんです。見に来ているファンの方々も馬に対する感謝の気持ちを表現していて、その場に居合わせられたことが幸せでしたね。一頭のためにそれだけ懸けることは、日本だとなかなかできません。そういった世界の競馬の文化や考え方の違いを、写真を通して発表していきたいと考えています。
——世界の競馬場では、日本とはまた違った「馬のいる景色」が見られそうですね。
そうですね。たとえば、アメリカで撮影した、夜明け前、ジョッキーが馬を調教するシーンは印象的でした。真っ暗な中、馬の歩く音が聞こえてきて、だんだんだんだん空が青くなってくる。陽が昇ってくるのを真正面にうけて、そこに向かって馬が歩いていく姿を撮影しました。
競馬写真は、自然が与えてくれる条件でしか撮ることができません。気候条件や光を読むことで、馬や景色の美しさを表現し、伝えていきたいと考えています。
Text: Yuka Sato / Photograph: Shunsuke Imai
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